生成AIの情報漏洩対策|漏れる4つの経路と企業がとるべき5つの防止策
「便利だからChatGPTを業務で使いたい。でも、うちの情報が外に漏れないか不安だ」——生成AIの導入を検討する多くの企業が、まずここでつまずきます。実際に、社員がAIに入力した機密情報が外部に流出した事例は、すでに海外の大企業でも起きています。
一方で、不安から「全面禁止」にしても解決しません。社員は業務効率のために個人アカウントでこっそり使い(=シャドーAI)、リスクは会社から見えない場所に潜るだけだからです。必要なのは、「どこから漏れるのか」を正しく理解し、「安全に使う」ための具体的な防止策を打つことです。
この記事では、生成AIで情報漏洩が起きる4つの経路を実例とともに整理し、そのうえで企業が今日から取れる5つの対策を、担当者がそのまま着手できる粒度で解説します。
この記事は、企業向けAIセキュリティ研修「AIガバナンス専門学校」の教材知見をもとに構成しています。監修は、ISACA東京支部の基準委員会 委員長や、経済産業省の情報セキュリティサービス基準文書の審査委員を務める松澤直之が担当。「基準を作る側・審査する側」の視点から、脅すのではなく“実際に効く線引き”を重視して構成しています。
なぜ生成AIで情報漏洩が起きるのか
生成AIの情報漏洩は、ウイルスやハッキングのような「外からの攻撃」だけで起きるわけではありません。むしろ多いのは、社員が良かれと思って情報を入力してしまう「内側からの漏洩」です。
背景には、生成AIならではの3つの特徴があります。ひとつは、入力した内容がサービス提供者側のサーバーに送られること。次に、設定によってはその入力がAIの学習(=モデル改善)に再利用される可能性があること。そして、入力のハードルが極端に低いこと——コピー&ペーストひとつで、社外秘の資料が一瞬で外部に渡ってしまいます。
この「手軽さ」が、従来の情報漏洩対策の盲点を突きます。実際、独立行政法人IPA(情報処理推進機構)が公表した「情報セキュリティ10大脅威 2026」では、「AIの利用をめぐるサイバーリスク」が組織向け脅威として初めてランクイン(第3位)しました。生成AIのリスクは、もはや一部の先進企業だけの話ではなく、すべての組織が向き合うべき課題になっています。
情報漏洩が起きる4つの経路
「どこから漏れるのか」を先に押さえると、対策の打ち所が明確になります。生成AIの情報漏洩は、大きく次の4経路に整理できます。
| 経路 | 何が起きるか | 主な原因 |
|---|---|---|
| ①学習への再利用 | 入力した機密情報がAIの学習に使われ、外部に出うる | 無料・個人向けサービスの既定設定で利用 |
| ②シャドーAI | 会社が把握していないAI利用で統制が効かない | 個人アカウントでの隠れた業務利用 |
| ③出力からの二次漏洩 | 生成物に他社情報・誤情報が混入して外部提出 | 出力を無検証で使う/プロンプトインジェクション |
| ④委託先・連携ツール経由 | 取引先や連携アプリを踏み台に情報が流出 | サプライチェーン側のAI利用・設定不備 |
①入力データが学習に再利用される
最も基本的な経路です。無料版や個人向けの生成AIサービスでは、入力した内容がモデルの改善(学習)に使われる場合があります。そこに社外秘を入れると、理論上は「学習データの一部」となり、将来ほかのユーザーへの回答に断片的に反映されるリスクが生じます。
重要なのは、法人向けの設定なら挙動が変わるという点です。たとえばOpenAIは、ChatGPTのEnterprise・Business・EduプランやAPI経由の利用について、既定では入力・出力をモデルの学習に使わないと明言しています。Anthropic(Claude)も、商用・API利用では顧客のデータを学習に使わないとしています。つまり、「学習に使われない設定のサービスを選ぶ」だけで、この経路の大半は塞げます。
②シャドーAI(会社が把握していない利用)
会社が許可・把握していないAI利用を「シャドーAI」と呼びます。全面禁止にするほど、社員は個人のスマホやアカウントで隠れて使うため、会社の統制がまったく効かず、何が入力されたかも追えなくなります。各種の海外調査では、従業員の相当数が「勤務先が承認していないAIツールを使っている」と回答しており、シャドーAIは例外ではなく“常態”になりつつあります。
③出力からの二次漏洩
見落とされがちなのが、AIの出力(生成物)を経由した漏洩です。生成AIは事実でない内容をもっともらしく作る(ハルシネーション)ことがあり、それを無検証で顧客向け資料に使えば、誤情報や、他社の著作物に酷似した表現が外部に出てしまいます。さらに、悪意ある指示を紛れ込ませてAIに機密を吐き出させる「プロンプトインジェクション」という攻撃手法もあり、出力側にも注意が必要です。
④委託先・連携ツール経由
自社が完璧に管理していても、業務委託先や、AIと連携している外部ツール(SaaS・拡張機能など)の設定が甘ければ、そこを踏み台に情報が漏れます。IPAの10大脅威でも「サプライチェーン」は上位常連です。契約書や委託先のAI利用ルールまで含めて確認する視点が欠かせません。
実際に起きた情報漏洩の事例
リスクを「自分ごと」にするには、実例が最も効きます。
サムスン電子のChatGPT情報流出(2023年)は、代表的なケースです。同社は2023年3月に半導体部門でChatGPTの利用を許可しましたが、わずか約20日の間に3件の機密情報の入力が確認されたと報じられました。内容は、(1)不具合の解決を求めて半導体設備のソースコードを入力、(2)社内会議の録音を文字起こしし、議事録作成のためにそのまま入力、(3)歩留まり・不良チップ判定のテスト工程の最適化をAIに相談、というものでした。いずれも「効率化のための善意の利用」だった点が重要です。同社はその後、社内での生成AI利用を一時禁止し、入力容量の制限や社内教育などの対策に踏み切ったと報じられています。
この事例が示す教訓は明快です。悪意がなくても、便利さのために機密を入力してしまう——だからこそ、精神論ではなく「入れてはいけない情報」を具体名で示し、そもそも安全な環境に統一する仕組みが要ります。
なお、近年は生成AIサービスのアカウント認証情報が窃取・売買され、そこから企業ネットワークへ侵入されるといった二次的な脅威も報告されています。生成AIのリスクは「入力」だけでなく「アカウント管理」まで広がっていると捉えるべきです。
企業がとるべき5つの情報漏洩対策
経路と事例を踏まえ、優先度の高い順に5つの対策を挙げます。上から順に着手すれば、投じた労力に対して漏洩リスクを最も効率よく下げられます。
対策1|「学習させない設定」の法人環境に統一する
まず着手すべきは、利用する環境を「入力が学習に使われない設定」のサービスに寄せることです。法人向けプラン、API経由の利用、あるいは閉域網で動く社内AI環境などが該当します。これだけで経路①(学習への再利用)の大半を塞げます。導入時は、契約プランやバージョンで挙動が変わるため、各サービスの最新の利用規約とデータ取り扱い設定を必ず確認してください。
対策2|AI利用ガイドラインを定める(対策の中核)
技術設定だけでは、社員の判断はそろいません。「何に使ってよく、何を入れてはいけないか」を全社の共通ルールとして明文化する——これが対策の中核です。目的・適用範囲、許可ツール、入力禁止事項、出力の扱い、権限管理、インシデント時の対応までを一枚に整理します。作り方の具体的な手順・項目・ひな形は、別記事のAI利用ガイドラインの作り方で、そのまま使える形で解説しています。
対策3|入力してはいけない情報を「具体名」で明確化する
ガイドラインを形骸化させないコツは、抽象論を避け、入力禁止情報を具体的な名前で列挙することです。
- 顧客・取引先の氏名や連絡先などの個人情報
- 決算前の売上・利益など未公開の財務数値
- 自社のソースコード・設計書・システム構成
- NDA(秘密保持契約)で守られた他社情報
- 未公開の人事情報(評価・異動・給与)、採用応募者の情報
- パスワード、APIキー、認証情報
「機密を入れない」ではなく、この粒度まで落として初めて現場は判断できます。実名や具体数値は匿名化・一般化してから入力するという運用もセットで示しましょう。
対策4|アカウントとアクセス権限を管理する
業務利用は会社契約のアカウントに限定し、個人アカウントでの業務利用を禁止します。これで経路②(シャドーAI)を可視化できます。あわせて、誰がどのツールを使えるかの権限を整理し、退職者アカウントの停止や、重要データにアクセスできる範囲の最小化まで踏み込むと、アカウント窃取による二次被害も抑えられます。
対策5|教育とログ監査で「守られているか」を確認する
ルールは、配って終わりでは守られません。「なぜ危ないのか」を実例とともに伝える研修と、利用ログを定期的に確認する監査をセットにします。ここが最も差がつくポイントです。監査の観点で重要なのは、禁止事項を書くこと以上に、破られたときに気づき、止められる仕組み(連絡フロー・利用停止権限=キルスイッチ)があるかです。ルールは、守られなかったときの手当てとセットで初めて機能します。
やりがちな失敗
- 全面禁止にする:一見安全ですが、シャドーAIを生み、かえって統制が効かなくなります。「承認したツールなら使ってよい」という許可リスト方式が有効です。
- 技術設定だけで満足する:法人プランに切り替えても、社員が個人アカウントを併用すれば漏れます。ルールと教育まで含めて初めて防止になります。
- 入力禁止が抽象的:「機密情報を入れない」だけでは現場は判断できません。具体的な情報名まで落とすことが定着の鍵です。
- 出力を無検証で使う:ハルシネーションや他社情報の混入を見逃し、二次漏洩を招きます。出力は必ず人が事実確認(Human-in-the-loop)してから使います。
- 一度決めて放置する:AIも脅威も進化します。最低でも半年〜1年ごとにルールと利用状況を見直します。
よくある質問
Q1. ChatGPTに情報を入力すると、必ず漏れるのですか? A. 必ずではありません。無料・個人向けの設定では入力が学習に使われる可能性がありますが、法人向けプランやAPI経由の利用では、既定で学習に使わないとされています。「学習に使われない設定か」を確認し、確認できないものには機密を入れない運用が安全です。
Q2. 無料版と有料の法人版で、漏洩リスクはどう違いますか? A. 大きく違います。法人版(Enterprise/Business等)やAPIは、既定で入力・出力を学習に使わない設定になっているのが一般的です。無料の個人向けは、設定によって学習に使われうるため、業務での機密入力には向きません。まずは環境を法人設定に寄せるのが第一歩です。
Q3. シャドーAIはどうやって見つければよいですか? A. まずヒアリングやアンケートで「どのツールを、何に、どんな情報で使っているか」を棚卸しします。全面禁止で締め付けるより、実態を把握し、安全な公式ツールを用意して“正規ルート”に呼び戻すほうが、結果的にリスクは下がります。
Q4. 中小企業でも、そこまで対策が必要ですか? A. はい。専任のセキュリティ部署がない中小企業ほど、無料AIの業務利用が野放しになりがちで、リスクは相対的に高くなります。1〜2ページの簡潔なガイドラインと最低限の教育だけでも、大きくリスクを下げられます。
Q5. 万一、機密を入力してしまったらどうすればよいですか? A. まず社内の連絡先・報告フローに沿って速やかに報告します。会話履歴の削除や、学習からの除外申請ができるサービスもあります。重要なのは、事前に「起きたときに誰が何をするか(連絡・利用停止=キルスイッチ)」を決めておくことです。被害の拡大は、初動の速さで大きく変わります。
まとめ
生成AIの情報漏洩対策は、「使わせない」ためではなく、「安全に使い倒す」ための土台づくりです。要点を整理します。
- 漏洩は外部攻撃より、社員が善意で情報を入力する「内側からの漏洩」が多い。IPA「10大脅威 2026」でもAIリスクが初のランクイン。
- 漏れる経路は4つ(学習への再利用/シャドーAI/出力からの二次漏洩/委託先経由)。どこから漏れるかを押さえると対策が定まる。
- サムスンの事例が示すとおり、悪意がなくても機密は漏れる。だからこそ仕組みで防ぐ。
- 打つべきは5つの対策——①学習させない法人環境に統一 ②ガイドライン策定(中核)③入力禁止を具体名で ④アカウント・権限管理 ⑤教育とログ監査。
- 「全面禁止」「技術設定だけ」「配って終わり」が典型的な失敗。
とはいえ、「自社はどの経路のリスクが高く、何から手をつけるべきか」は、業種や情報の機微さによって一社ごとに異なります。まずは自社の現在地を把握するところから始めてみてください。
まずは、自社の現在地を5分で。
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監修:松澤 直之(ISACA東京支部 基準委員 委員長)